voice acte.I

 人気がまばらになった廊下を小走りに走り抜ける。
 渡り廊下から中庭へ抜ける大きな鉄の扉を抜けて、校舎裏へと向かった。
 帰りのホームルームが長引いてしまって随分と時間を取られてしまった。
 ・・・もう誰かいるだろうか。
 周りに他の人が居たらやりづらいもんなぁ。
 出来れば誰も居ないことを願うんだけど。
 銀杏並木を通り過ぎて目的の場所へと回り角を曲がった所で、思わず急ブレーキをかけた。

 ――――誰・・・?
 ここの生徒・・・じゃない人がいる。
 それも、私服で。

――――でもやっぱり、不安は、消えないよ」
 その人は、もうすっかり散ってしまった桜の幹に右手を預けたまま、小声で樹に呟いていた。
「私は、まだまだ弱いから」
 私には気付いていないのか、樹を見上げて懐かしそうに話しかけている。
 その後ろ姿は、とても儚く遠く見えて。

 ――――何だか・・・雰囲気が誰かに、似てる・・・?

「桜は咲いていないけれど?」
 突然にそう言葉をかけられる。
 振り返ったその人は、色の薄い、少し日本人離れした顔をしていて、一見男の人かと思ってしまった。
 でも、人懐っこそうな笑みを浮かべている表情は、やっぱり女性の顔だった。
「君もこいつに呼ばれたのかしら?」
「・・・まぁ、そうかもしれないですね」
「こいつの魅力に気付くとは、いい感してる。この桜も、逢いに来てくれて嬉しがってると思うよ」
 コンコンと桜の幹を拳で叩いて、また桜を見上げた。
 ・・・一体誰だろう、この人。
 無遠慮に人の顔を見て笑っている所を見ると、リリアンに関係ある人だと思うんだけど・・・?
 とりあえず、今はこの人よりも場所の確保が最優先だ。
 見た感じ、この場所にはこの人以外には誰もいないように見えるし。
「ん?誰かいるの?」
 つられたように私の上からきょろきょろと辺りを見回す。
「いえ・・・ちょっと」
「ふーん。とりあえず、ずっといたけど誰も来てないよ?」
「・・・そう、ですか」
「待ち合わせているのは、想い人?」
「え?」
「お姉さま、とか」
 気がつくと、私はこの人に肩を抱かれていた。
 て、ちょっとちょっと!
「あ、あの・・・?」
「待ち人が来るまで、お話しよう」
「あ・・・の、ですね。残念ですが、待ち合わせをしているわけではないです」
 誤解を訂正しながら、ついでに肩に回されている手も一緒に払い除ける。
「じゃ、やっぱりコイツを見に来た?」
 私から離れて、講堂の裏口へ繋がる数段しかない階段へと腰掛けた。
「唄いに来ました」
 正直に此処へ来た理由を告げる。
 ・・・きっと初対面の人なのに、何故か、ごまかそうとは思わなかった。
「なるほど。確かに、ここは最適な場所かも」
 静かだし、滅多に人は来ないし、奥まった場所だから多少騒いでも校舎までは響かない。
 唄うのには最適な場所だけど、私にとってひとつだけ問題があって。
「じゃ、聴かせてくれないかな?」
 そう言ってにっこりと笑うと、その場にどっしりと構えられてしまった。

 私にとっての問題は、唄う際にギャラリーが居ると集中出来ないことだった。
 人前でなんて唄えない。
 まだ人に唄って聴かせれるようなものじゃないから、私の"声"は。
 だから・・・人前では唄わない。

「・・・そういえば、用事を思い出したんです」
「え?」
「ごきげんよう」
 軽い会釈をしてその場を立ち去ろうとしたら、
「次は、聴かせてねー!」
 明らかに拒絶の態度を取った私に対して、とてもにこやかにそう声を掛けられた。
 ひらひらと振られる手付きで。
 それに驚きつつ、もう一度軽い会釈をして立ち去った。


 校舎に入って自分の教室を目指す途中で、さっき出会った女の人の事を考えた。
 結局あの人は誰だったんだろう。
 リリアンの制服は着ていなかったから・・・もしかして、大学生?
 確かに、リリアン大に通う人なら、あの場所に居てもあんまり違和感はないかも。
 校舎が違えど同じ敷地内だもの。
 なーんだ、大学の人か。
「ごきげんよう、白薔薇さま!」
「っ?!」
 突然背後から声が聞こえて、思わず振り返った。
 実際に聞こえた声は随分遠くで、白薔薇さまと誰かが挨拶している所だった。
 よく見れば、頭を下げてるのは私の親友の中島彩香(なかじまさいか)ではあるまいか。
 にこりと笑った白薔薇さまが「ごきげんよう」と通り過ぎた後でも、我が親友は頭を下げっぱなしだった。
「・・・何してんの?」
「うゎはっ?!」
 賑やかな奇声を上げて彼女が飛び退く。
「な、っ!・・・何だ、じゃないの。ビックリした~・・・」
「で、何してんの?」
「どうしよう!白薔薇さまにご挨拶しちゃった!」
 ぎゅっと私の両手を握って、力任せに上下にブンブンと振る彩香。
 そうだった、我が親友はかなりのミーハーっ子だった。
「そ。良かったわね」
「冷たいなー。だって薔薇さまにご挨拶されたらキャーって思うって!」
「あーはいはい、そうね良かったわね」
 いつも通りにあしらうと、
「もー、夢がないなぁ」
 ブツブツ言いながら彩香が手を離した。

 中等部の頃から、高等部の生徒会長である薔薇さまの話を、それこそうんざりを通り越して日常の挨拶になるくらいまで聞いて来た。
 中学から高校に上がって、何度も薔薇さまと呼ばれる上級生のお姉さま方を見ているけれど、やっぱり私だって憧れがないわけじゃない。
 ただ、私の興味の対象が薔薇さま方に向いていないだけ。
 私が本当に憧れているのは、もう此処には居ないリリアンの歌姫と言われたあの人だ。
 直接話したことはないけれど、間接的に私へ歌を唄うことの楽しさを教えてくれた人。
 けれど、私が高等部に進学した時には、もうあの人はいなかった。
 私と入れ違いに音楽を勉強するためにイタリアへと行ってしまった。
 当然ショックは大きかった。
 大きかったけれど、落ち込む程ではなかった。
 目標が出来たから。
 いつか、あの人へ追いつきたい。
 追いついて、一緒に唄ってみたい。
 今の自分の実力なんて到底あの人の足元にも及んでなんていないけど、でも、いつか。

「そういえば、今日は唄わないの?」
 一緒に教室に向かい始めて、ぽつりと彩香が洩らした。
「うん。人がいた。リリアン大の人」
 手を振ってくれたあの人を思い出す。
「・・・もー。そんなの気にせずに唄えばいいじゃない」
「その人にも聴かせてって言われた」
「でも唄わずに逃げてきた?」
 一歩先を踏み出した彩香がくるりと私に向き直る。
「逃げたんじゃなくて、唄えないから戻って来ただけ。・・・それに、人様にお聴かせ出来るようなものじゃないもん」
「あたしには聴かせれるのに?」
 向かい合わせのまま廊下を進む。
 真っ直ぐに私をみる彩香の目が何だか苦しくて、視線を逸らした。
「彩香は、ずっと聴いてくれてるから・・・大丈夫なの」
 ぽつりと洩らした呟きに、彩香が溜息を吐く。
「あたし以外に聴いて貰わないでどうするの。夢なんでしょ?歌手になるの」
「歌手と言うか・・・ただ、追い着きたい人がいるだけで」
「だったら尚更。そのあがり症治さないと、いざって時に聴いて貰えなくなっちゃうよ?」
 前を歩いていた彩香が足を止めた。
 いつの間にか教室に到着していたみたいだった。
「明日いつものトコに行って誰かいたら、聴いて貰ったら?」
「えっ?」
「高等部の人が恥ずかしいっていうなら、中等部の子でも今日いたっていう大学部の人でもいいから。同じ敷地でも、同じ校舎じゃないんだから負担も軽いでしょ?」
 確かに、同じ校舎だったら偶然顔を合わせてしまう確率だって無いことはないけど・・・。
「ね?何なら、明日はあたしも一緒に行ってあげるし」
 ポンポンと私の両肩を叩く彩香。
 いつも不思議に思う事がある。
 それは彼女の多少強引な言葉に、いつも自分が乗せられてしまっているという事。
 こうやって彩香に強引に引っ張られて物事を決められる事も、もう慣れてしまっていた。
 だからと言って、何でもかんでも全てを彩香に決められたわけじゃない。
 決まって、私が最初の一歩を踏み出す勇気がない時に、彼女の言葉が背中を押す追い風となっていた。
 今回だって・・・彩香の後押しが、初めて人前で唄ってみるのもいいかもしれない、って思わせてる。
 本当に、不思議だ。
「・・・じゃ、明日ちゃんとついて来てよ?」
「もちろん!の初デビューだもん。絶対行く」
 バシバシと妙に勢いづけて肩を叩かれる。
 初デビューって・・・単に彩香以外の人の前で唄うだけなのに、大袈裟だ。
 それでも、私にとっては彩香の心遣いがとても嬉しかった。
「所で、
 帰るために教室へ鞄を取りに入った所で、彩香に声を掛けられた。
「何?」
が会ったその大学生の人、いつものあの講堂裏の銀杏並木の所で会ったの?」
「うん」
 桜の樹に手を当てて、少し淋しそうにしていた姿が浮かんだ。
「って事は、もしかしてこの間卒業した先輩かしら?」
「さぁ?そんな事聞いてないし、わかんない」
「どんな人?」
「どんな人って言われても・・・」
 まじまじと顔を見ていたわけじゃないからよくわからない。
「すごく美人な人だった。背が高くて、色素の薄い髪で・・・」
 一言で言うと、日本人離れした綺麗な人って印象しかない。
「ちょっと彫が深くて一見男性のように見えたり、瞳の色が薄い綺麗な蒼色をしていたり?」
 いつの間に隣に居たのか、鞄を胸元で抱き締めた彩香が神妙な顔をして私を見ていた。
「・・・目の色までは見てないけど、パッと見て一瞬男の人かと思ったのは確かかも」
 私の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、彩香が胸に抱いていた鞄を私の机に叩きつけた。
 その音にビックリして僅かに飛び上がってしまった。
「そそそ、そ、それっ、ほ、本当なの・・・っ?!」
 息が掛かりそうな距離まで顔を突きつけてきた彩香から逃げて、小さく溜息をついた。
「多分。ちゃんと見てないから確信ないけど。それがどうかした?」
 机に腕を突いてガックリとうな垂れたように見える彩香の肩が心なしか震えていた。
 ・・・私、何か言っちゃいけないこと言った?
 突如ガバッと顔を上げて、続いて右の人差し指で私を指差す。
 そして何かすんごい剣幕で彩香がこう言った。
!あんたって子は、そんな事も知らないわけ?!その人って―――――!!」
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聖さまのドリー夢っていうよりも、むしろ、「白薔薇属性集まれー!」なドリー夢になる予感だよ☆  orz


リクを頂いたので、軽い気持ちで書いてたらすんごく長くなっちゃった・・・・・・反省orz
あともう・・・多分、2回で終わる予定。予定は未定。はぁ・・・(溜息)